読書メモ【武士道】新渡戸稲造②

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「礼」とは孔子の時代から続いているものである。

続いているということは、どの時代においても「礼」が必要だったからだろう。

礼には細かく規定されている作法があるが一見無駄に思えるものがある(らしい)。

無駄ならやる必要ないじゃんと思う。

でも、長年続いているということは、最適化されているということである。

結局礼は、決められた通りに行うのが最短ルートであり最高なのだ。

長く続いているものは必ず長く続く理由がある。

末端だけを見て物事を判断してはいけない。

とともに、(礼に限らず)長く続いている方法があるなら、とりあえずしたがっておくのが良さそうだ。

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茶の湯の素晴らしさは「茶の本(岡倉覚三)」でも書かれている。

武士道においては、茶の湯は礼法以上のものであり、芸術であると言っている。

茶の湯はたびたび西洋の美術品と対比される。

西洋の美術品はド派手で華美なものがすばらしいとされているが、

茶の湯(茶室)は調和とわびさびが感じられて良いとされている。

見た目そのものよりも空間の美意識に重きが置かれているようだ。

明らかに視点が違うため、西洋の美術と東洋の美術を比べるのは難しい。

日本の美術に関して言えば、茶の湯というのは人間の心をのぞいているようなものなのだろうか。

調和の空間を大切にしていることから、茶室には言葉では上手く言い表せない何か心揺さぶられる、もしくは落ち着くといったようなことがあるのだろう。

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